北川智浩の白磁と自転車

北海道の江別市で陶芸(白磁)の制作をしています。

        ガス窯のはなし。

私は、ガス窯1台と電気窯1台で仕事をしています。



先日、窯づめの作業を終えました。


IMG_252600web




このガス窯、

11年前に、現在の工房を建てるのと同時に
今は亡き、横浜の先代の親方から譲っていただきた 窯です。



それまでは、今も使っている小型の電気窯一台での焼成でした。


独立して初めて購入したのが 電気窯。

仕事などまったくない中で購入を決めたこともあり
不安だったのでしょう、
小さい窯にしてしまいました。

頻繁に釉薬のテストを焼くことができたことはよかったのですが

しばらくして、
個展をし、公募展に出品するようになると
その小ささに ストレス を感じるようになりました。

当時は成功率も低かったので、
出品用に口径23cm程度の5枚組の皿をそろえるためには
20枚程度焼いた中から 5点を選び、組ませたりするのですが、
窯が小さいので一度に焼けない。

数回に分けて焼くと時間もかかり、
その時の焼成によって雰囲気が変わってきたりと・・・


そして、当たり前ですが
小さい窯には大きな作品が入らない。(苦笑)

でも当初は、そんな当たり前のことも、わかっていませんでした。



当時はそれが ストレス となり始めて
制作のイメージや考え方まで 小さく小さくなっていきそうな気がしました。

これはいかん!!ということで、
いろいろ調べたり、見積もりをとってもらうと
新品の大きな窯を購入することは無理。


で、弟子の頃に紹介してもらった 瀬戸の窯屋さんに相談してみると

「お前の大親方が ガス窯 の引き取り手を探しているぞ~」

ということで、話はトントン拍子に。



実はこのガス窯は、私が弟子をさせてもらっていた時に
先代の親方が新たに山梨県の境川村(1997年当時、現、笛吹市かな?)に工房を建てることになり
その際、瀬戸の窯屋さんにつくらせたもの。


で、当時の仕事場の横浜から通ったり、
境川の方に泊まりながら、窯小屋をつくるお手伝いをしました。

窯の設置 と 窯小屋を一から作ることに
携われたのはとてもいい経験となったことは言うまでもありません。


このガス窯は 大きさは 約2.2m四方ですが、
重さが2トン以上あるので移動が大変です。
磁器の冷め割れを防ぐために、窯の壁を厚めに設計したためです。

境川の工房では、まず、コンクリートの基礎をうって、
クレーン付きのトラックで窯を設置してから窯小屋を建てました。

当時は窯小屋に車ごと乗りいれる必要もなかったので
大きな出入り口をつくりませんでした。

つまり、窯を移動する際には、

一度屋根をばらす→窯をクレーンで吊り出す→屋根を元通りにする
ということが必要です。



当然、先代の親方に
「北海道まで窯を送ってください~お願いします!」
と、“電話でお願いして済む話” ではありません。


久しぶりに山梨の境川に泊めてもらい
屋根をばらして窯を搬出し、屋根をもとに戻しました。

弟子時代の大工仕事を、その何年か後に
再びやり直すことになって、これが意外と楽しかったのですが

窯を積んだトラックを見送った後は急いで北海道に戻りました。



ちなみに、山梨から野幌の工房への輸送は地元江別のトラック業者さんにお願いしました。

紹介していただいた S社長は やきものに造詣があったこともあって
北海道の荷物を関東まで運んで、カラで帰ってくるというトラックを
何とか山梨まで手配して頂いたり、
輸送費に私の作品を加えることでかなり勉強していただきました。


そして何より先代の親方。
窯道具も温度計も、、
これももってけ、あれももってけと分けていただき、

トラックの運転手さんに
「北海道までよろしく。大きな衝撃を与えないで。」と自らの作品まで渡していただきました。



本当にありがたかったのは
焼成のデータ 、特に失敗した時のものまで いただけたこと。

窯にはそれぞれ “くせ” みたいなものがあるので
新しい窯は 探りながら の焼成になることが多いです。

窯は中古ですが、私にとっての初窯の際も焼成に関しては大きな失敗もなく
乗り切ることができました。


その後10年、つくり が悪くて割れてしまった大鉢はたくさんありますし、
焼成に関する自分なりのデータもそろい、当時とは少し違う焼き方になりましたが、

現在もこのガス窯で仕事ができています。


IMG_253700web



写真は
ガス窯を運んできた次の年に焼いた「白磁渦巻文大鉢」(径53cm 2006年制作 )、
先代の親方から頂いた焼成データ。




渦巻文鉢2005web

IMG_253400web大

スポンサーサイト
  1. 2016/02/20(土) 16:15:00|
  2. エピソード
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

         氷柱(つらら) と 文様

北海道で生まれ

高校まで過ごし

その後、京都、横浜と暮らし

35歳の時に、家族と共に北海道に戻ってきました。


地元の事はなんでも知っているつもりで戻ってきたのですが、
まず感じたのが

「北海道の 冬とか雪って、こんなに大変だったっけ」
というものでした。


仕事の時間が雪かきに取られる

雪庇や氷柱などはチビたちにとっても危険なものは
除去しないといけない。

なんて、手間のかかる冬と雪!!


横浜生まれのチビたちに

「いいかい!雪が降ったら、屋根の下には絶対行ってはいけないよ。
お家も、他所のお家もダメ」と

何度も言い聞かせました。




思い返してみれば、私が小学生の頃、当時は
一軒家の社宅に住んでいましが、


例えば、暖房は石炭ストーブ。

本格的に雪が降る前に、父親は煙突掃除をして
社宅脇の小屋に石炭数トン?を運び入れ、
木枠の窓から冷気の侵入を防ぐために
すべての窓枠をビニールで囲っていました。

その時代から比べると暖房機器は
煙突が必要のないFF式ストーブに代わっているので
その点では格段に手間がかからなくなってきます。

親に守られて “生活、通学する” だけの立場で
北海道の冬の生活をわかった気になっていたのですね。





家族共々、何度かの冬を経験し、

北海道に住んでいる以上冬になれば雪は降るものだし
お天道様に文句つけても、時間の無駄
面倒な部分は受け入れることしよう、と考えられるようになりました。


そうすると不思議なもので、

雪が降った後に広がる青空の美しさや澄んだ空気を
感じることができるようになったり、

もちろん、スキーなどの雪国ならではのスポーツを楽しんだり、

カーリングやジャンプなどのスポーツを応援したり、

とにかく、 楽しまなきゃ、もったいない
という風に思えてきました。






そうした心持ちで、
あらためて 氷柱 を見たときに

自然の造形物として 無理 がない。 

人工物である屋根にできるのですが
自然のつくるものだけあって
カタチが シゼン です。(汗)

そして、毎日観察してみると
その形が意外と 変化する。

一晩で劇的に変化した際には結構驚きます。

まっすぐなものはほどんどなく
少し曲がって、また戻ったり、
同じ氷柱はひとつとしてありません。

日中気温が多少上がって
屋根の雪が 少し 溶け出すと
氷柱の養分である水が補給されて

氷柱を伝って下がっていく際に、凍って太さに貢献することもあれば
無事先端までたどり着いて そこで凍り、長さに貢献することもあります。


あるいはお家の、主に屋根への断熱がうまくいかなくなると
暖気が屋根に逃げて屋根の雪を溶かし
氷柱の成長を助けます。

逆に最高気温が氷点下の日が続くと
ちっとも変化しなかったりします。

たぶんずーっと北海道に暮らしていたら
氷柱などは昔ながらの屋根にできる
厄介なモノ  としてしか見られなかったかもしれません。

IMG_248800web




IMG_249000web








土は九州の方から取り寄せているわけですが
せっかっく北海道江別の野幌で制作しているのですから

まわりの自然から受けるものを自分なりに消化して
作品に取り込めないかな

と思い、


で、白磁の彫文様に取り入れてみたら、意外と面白く
評判もよかったので、

氷柱、粉雪、白樺などの文様のシリーズが生まれました。

今回は氷柱文様の器、

粉雪、白樺はまた別の機会に。


それにしても、窯の熱が直接屋根に向かう窯小屋はまだしも
断熱効率の落ちてきた我が家は、悔しいほどよく氷柱ができます。(苦笑)

観察する際も、良い子は絶体に氷柱の下に行ってはいけません!!

IMG_230800web


IMG_076400web


IMG_249900web
  1. 2016/02/06(土) 08:32:40|
  2. エピソード
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

         新しい布。20枚

寝かしていた粘土を石膏や素焼の鉢に入れて

粘土の水分を さらに少なくする作業。



その際に私は布をひいて

磁器粘土に 素焼き鉢の粉 や ゴミ など、細かい不純物が混じるのを

防いでいます。

その布。


粘土に不純物の侵入を防ぐために

数日から数週間程度、

粘土をくるんでいてくれますが


何度も何度も使用していると

その間に

粘土に含まれる バクテリア のせいで

布が変色したり、破けたりします。

   

   粘土を乾燥させない状態で寝かせる(保持する)ことによって

   粘土に含まれる バクテリヤ が発酵した状態になり

   粘土の粒子間の連携がよくなり(=粘りが増す)  成形しやすくなります。
  
   (※野中春甫著「磁器の制作 青白磁の大皿を中心に」理工学社 参照 )

  



器の中に バクテリア~~、と

これはあくまでも 粘土が やわらかい、粘りのある状態の中の お話です。


安心してください!!

素焼、本焼きという高温焼成の間に バクテリア君は燃えて、

皆さんのお家にある 食べ物をのせても安全な 器 となります。






IMG_237900web


今使っている布は4、5年前に私が作りました。


奥さんのミシンを借りて、、、

その使い方を、当時中学生の 息子に教えてもらいながら。

   (残念ながら、奥さんが「私がやろうか」という形にはなりませんでした、、(汗))




夏休みや冬休みの自由研究に

なぜだか たびたび クッションを 自作して提出していた息子は

もともと好きだったのに加えて

学校の授業でミシンの使い方を習ったようで、

とても解り易く教えてくれました。


というか、下糸の処理をやってくれて、あとは縫うだけという状態にしてくれました。(笑)




で、今回


中学生の娘に頼んでみました。 (制作時間を確保する、という名目です!!)




「○○円。アルバイト募集。ミシンで縫う。40枚。」(LINEで送信)


そうすると、娘が仕事場に駆け込んできて、


「40枚?、多いな~。 で、私が断ったらどうする?」

私「兄ちゃんに頼む」

娘「じゃ、やる!!」







と、いうわけで私の要望どうりの大きさに縫ってもらいました。

意外ときっちりとした仕事をするようです。(笑)


ただ、テスト間近!? ということで 急遽、枚数は20枚に変更(汗)



IMG_238100web



久しぶりの新品の布。

くるまれる粘土も心なしか、清々しく見えます。





IMG_238500web




IMG_238700web
  1. 2016/01/17(日) 11:35:22|
  2. エピソード
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

     新年、、感謝と共にさらに前へ。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。




思えば、、、

家族そろって横浜から江別に移り住んだのが2002年で、

2005年に今の工房を建てることができました。



この工房での10年間は

今から思うとあっという間でした。



毎年、個展の準備をしながら公募展への出品作の制作。


準備といっても、磁器の制作もまだまだ解らないことだらけでしたので、

テストを繰り返しながら一回勝負の焼成で綱渡りのように個展の開催です。


公募展への出品も

良いのが焼けたから出品する

というのではなく、

先ず、出品すると決めて、毎年の応募を続けていくことで

成長できることがあるのでは、との思いから

無理やりスケジュールに組み込みました。





予算の関係で外側だけプロの方に作ってもらった工房。


当初は作業台や棚などは何もなく、スペースの半分ほどは

原料置き場でしたが、

毎年冬の間に少しづつ大工作業をしながらようやく現在の状態になりました。

20141023工房室内



江別に移ってきた時には幼稚園児だった2人のチビ達も

早いもので大学生と高校生。




共働きの我が家は17時半に幼稚園へチビ達を迎えに行くのは私の役目。


色々と試した結果、17時半までに無理やり仕事を終えて

チビ達を迎えに行った方がよい事となり、


仕事は朝の5時から始めることにしました。
(忙しくなると残業ではなく開始時間が早くなりました。)



子育ては今だにうまくいっているのかよくわかりませんが、

育てたというよりも、子供にかかわっていくことで、

色々と悩みながら、試して、

まわりの方々に支えてもらったり助けてもらいながら

 “親” として成長させてもらった気がします。





本当にあっという間の10年間でしたが、

今年から始まる次の10年も 

自分の頭の中に“壁”などつくらず、

トライ&エラー(挑戦したうえでの失敗)を繰り返しながら、

前に進み、成長できたら、

より質の高い作品を作っていけたらと思います。



写真は 新春の日の出とともに生れ出て、

毎年たくさんの親戚にお祝いしてもらえるチビの誕生日ケーキ。


そして、料理人の義父に指導されて

チビの握った寿司です。



皆様、よいお正月を!!

IMG_234100web


IMG_233200web


  1. 2016/01/01(金) 07:42:57|
  2. エピソード
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

    イギリスからのご依頼は。

イギリス在住で、学生時代の友人 M君から の依頼は

「長年、両親が続けてきた自営のお店をたたんで隠居生活をするにあたり

何かプレゼントできるものはないかな?」


そんな素敵なプレゼントに私を選んで頂いて
本当にありがたいかぎりです。

で、何度かメールで作品画像のやり取りをしながら
決めていただいたのは

こちらの 白磁水氷文湯飲みのセット


水氷文様 というのは、その突起部分が
水⇔氷 の 移り変わりを表現していまして

北海道の屋根にできる 氷柱(つらら)をモチーフにしていて
最近の私の仕事に多く取り入れています。

厄介ものの“氷柱”ですが、ヨーク見ると
意外といい カタチ をしていると私は思っています。



で、、、実はM君のご両親は私の事をご存知でした。


学校を卒業してからしばらく経って、

当時、M君がイギリス在住の事は知っていたのですが
学生時代から流れで、そのまま国内のご実家の方へ
毎年、年賀状を出していました。

帰ってきたときにまとめてみてくれればいいかな~
と安易に考えていました(汗)

(もちろん、現在はイギリスのM君に直接送っています。)

その年賀状は 親御さんが、わざわざギリスに転送してくれていた様で
すっかりお手数をかけていたようです。(大汗)



どうやら、当時、私がチビ達の写真と一緒に載せた作品画像を
覚えていただいて

その部分でも喜んでいただいたようで・・・・

うれしいのと同時に
すっかり恐縮してしまいます。



ちなみに、水氷文湯飲みは

本日から始まる 
第4回伝統工芸北海道展
にも出品しています。



20151109作品画像 03300
  1. 2015/11/10(火) 05:00:38|
  2. エピソード
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ